鼠径ヘルニアとは、鼠径部(足の付け根付近)の腹壁が弱くなり、腹膜が引き伸ばされ、腸が皮下にまで飛び出してしまう状態(脱腸)を指します。成り立ちには大きく分けて2種類あります。
1つ目は小さなお子さん(主に1歳以下)に多いタイプのものです。男性には睾丸がありますが、実は睾丸は胎児期には腎臓の近くの腹腔内にあり、成長とともに体外(陰嚢内)に降りてきます。この時の通り道として使われる管(鼠径管)がうまく閉じなかったり、閉じ方が弱かったりすることによって生じます。
2つ目は主に中高年以降の男性に多いタイプのものです。幼少期に生じる鼠径ヘルニアと同様に鼠径部に脱腸を生じますが、こちらは主に加齢による筋肉の衰えや繰り返す腹圧によって生じると考えられているタイプの脱腸です。
このコラムでは主に成人に生じる鼠径ヘルニアについて解説します。
・高齢
・男性
・慢性的な咳
・慢性的な便秘
・喫煙
・鼠径ヘルニアの家族歴
・腹壁への外傷
鼠径ヘルニアになりやすい方の特徴として上記の項目が過去の研究などから指摘されています。経験的には、上記以外にも腹圧がかかりやすい仕事(重いものを持つ、屈む姿勢が多いなど)に就いている方なども鼠径ヘルニアが多いように思います。
鼠径ヘルニアの症状は多彩です。無症状の方も少なくありませんが、軽い腹痛や下腹部に違和感、便秘などがよくある症状です。これらの症状は腸がヘルニア嚢と呼ばれる袋を出たり入ったりすることによって生じると考えられます。
注意が必要なのは、「嵌頓(かんとん)」といって腸が袋から腹腔内に戻らない状態となってしまうことです。嵌頓してしまうと腸への血流が途絶え、激痛となります。放っておくと腸切除が必要になるため、まずは用手整復(医師が手で戻す)が行われますが、それでも腸が腹腔内に戻らない場合には緊急手術が必要になります。
鼠径ヘルニアは主に3つの種類に分けられます。どのタイプも基本的には同じように鼠径部が膨らむため外見で判別することは難しいと言われています。
上述した通り、睾丸の通り道だった鼠径管に生じるタイプです。男性に多いタイプです。
鼠径管よりも内側の腹壁(特に腹直筋)が弱くなって生じるタイプです。こちらは男性にも女性にも生じます。
内鼠径ヘルニアうち、血管(大腿動静脈)の通り道である大腿輪というところに生じるものを呼びます。女性に多く、大腿ヘルニアは嵌頓しやすい上、嵌頓した際に用手整復が難しいため注意が必要です。
膀胱上窩という内鼠径ヘルニアよりもさらに内側の膀胱近くの腹膜が脱出する珍しいタイプのヘルニアもあります。
診断は主に医師による診察(身体所見チェック)で行われます。鼠径部の腫大に加えて、シルクサイン(ヘルニアの袋を触った時の絹が擦れるような感触)があることが鼠径ヘルニアの特徴です。身体所見でわかりづらい時にはCT検査などの画像検査も併用して診断を行います。
鼠径ヘルニア治療は基本的に手術一択です。高齢や全身状態が悪いために経過観察を行うこともなくはありませんが、症状が強い場合にはQOL(生活の質)を損なわないためそれでも手術を検討することがあります。市販されているヘルニアバンドなどは腸管を損傷する可能性が指摘されているため使用することは勧められません。
手術には前方アプローチ(鼠径部直上を切る方法)、腹腔鏡下手術、ロボット支援下手術があります。いずれの方法も、「メッシュ」と呼ばれる人工の膜を使って行われます。ときわ会常磐病院では腹腔鏡手術を中心に、症例によっては前方アプローチでの手術も行っています。今後はいわき市で初めてのロボット支援下鼠径ヘルニア修復術も導入予定です。
鼠径ヘルニアかな?と気になっている方、ご相談がある方はお気軽にときわ会常磐病院外科にお越しください。月〜土の午前・午後すべての時間で外来対応中です。
コラム担当医師:ときわ会常磐病院 外科 澤野豊明