文字サイズ:

すまいりすとすまいりすと

今月の「輝き!すまいりすと」Vol.5 2007年3月
 大和田武士(おおわだたけし)総務:リスクマネージャー「やんちゃでナイーヴ、若武者のチャレンジ魂」<Part :2> 立志編

人生のパラダイス

広大なオーストラリア全土を一周するという、自分自身にとっての夢だった「ラウンド旅行」。そのチャレンジを実現して、次なる進路に選んだのは、オーストラリアでの旅行関係の仕事です。

大手旅行会社ジャルパックの現地ガイドとして就職、ツアーデスクを担当する仕事がスタートしました。日本からの旅行拠点ブリスベン国際空港を経て、40-50人乗りのツアーバスで到着するお客様を、ローンパイン・コアラ・サンクチュアリという、世界一大きなコアラ動物園の玄関前でお迎えするのです。

ツアーをご説明するブリーフィングやお食事の案内、園内の観光、そして記念撮影が終わり、バスのお見送り。「ありがとう、とても楽しかったです!」と、明るい笑顔で手を振って喜んでいただけるのが、嬉しいやりがいでした。

仕事への確かな手応え、ツアー客のみなさんとの楽しい会話やおもてなし。まさに人生のパラダイスとも云える日々。正直、休みなんかいらないほど楽しかったですね。

じいちゃんの訃報、そして帰国

そんな充実感いっぱいの生活のさなかでした。自分を子供時代からずっとかわいがってくれた、最愛の祖父(じいちゃん)の訃報が届いたのは。

責任感というのでしょうか、ずっと心の中にしまってあった長男としての意識。実家からはるか離れた海外の地でひとりだけ自由気ままに暮らすのではなく、いつか日本の地元に帰らなければ…。じいちゃんの他界によって、自分のなかにあるその想いは、一段と強いものとなりました。

現地の上司や先輩たちからは引きとめられたのですが、考え抜いた末、意を決して帰国の途につきました。

小山統括部長との再会

地元いわきでの新たなスタート。とはいっても、日本での社会経験はゼロの身。人生をかけて取り組むべき仕事とは…、本当の挑戦を求めて自分の内で続く思い悩み、そんななか脳裏をよぎったのが、ときわ会の小山さん(統括部長、現:スーパーバイザー)の存在でした。

実はオーストラリアへの渡航前、(家族からの紹介を通じて)ときわ会への就職についてお声をかけていただいたことがあるのですが、その時には、自分なりの人生経験をつんでから…と、辞退して海外へと渡ったのです。

時を経てお目にかかった小山部長は、再び門を開いてくださいました。自分にとってまったく未知の領域である医療の世界、ときわ会という法人の活動について様々なお話を伺いました。地域のみなさまの健康に対する仕事が持つ高い意義、そして医療に携わることの誇り。総務というアングルからならば、法学部出身の自分がお役に立てることがきっとあるのではないかと決心。2002年7月16日、初仕事の日を迎えました。

「あ、男の子が来た!」

未経験のまま飛び込んだ、医療法人社団ときわ会いわき泌尿器科。女性の看護師が大勢勤務する職場で、「あ、男の子が来た!」と暖かく迎えられ、最初の3日間はあこがれの白衣に見とれるばかりでしたね(笑)。

まず最初の仕事は、直属の上司である小山統括部長の補佐業務。職員全員のタイムカード管理や郵便物の分配、院内の様々な設備の維持チェック、まさに見習いからのスタートです。朝、出勤と同時に院内をぐるっと一周見て回り、病棟や外来、透析といった各部署のミーティングに出席しての勉強、一日も早く仕事に慣れようと必死でした。

「何をすれば良いですか?」との問いかけに、部長からの返事は、「とにかく何でもやること!」。総務というセクションには、大小様々な相談や幅広い業務の依頼が寄せられます。仕事の景色が違って感じられる毎日が、とても新鮮で楽しかったです。

リスクマネジネント委員会

就職から半年ほど経ったとき、「リスクマネジネント委員会」という、院内組織への参画を命じられました。患者さんの命を預かる大切な仕事、その安全確保のためには、医療部門に直接従事する者より、むしろ事務セクションのメンバーが客観的な立場からリスクマネジメントを主括すべきとの観点から、総務部門の自分がマネージャーに任命されたのだと思います。

日本医師会の講座を一年間受講し、医療安全管理者の資格を取得。若輩の身ながらも、ときわ会グループ全体として管理職レベルの会議に出席しての報告業務、その重大な責任をひしひしと感じつつ、非常にやりがいのある職務となりました。

理事長同行業務、スタート!

リスクマネジネント委員会の任務によって、それまでのサブ業務のみから、新たに自分自身が責任を担うマネージャー業務を兼務。さらに一昨年からは、福島県といわき市、それぞれ医師会関係の職務を受け持ったのをきっかけに、常盤理事長の移動に同行する仕事をあわせて担当することとなりました。

県内外や東京への運転、往復で数時間、もちろん宿泊出張という場合もあります。ふだんの院内とは違う雰囲気のなか、常盤理事長と時間をご一緒する機会が一気に増えたのです。理事長の多忙なスケジュールに合わせた移動の車中、ときにはくつろいだ会話や、そしてもちろん厳しい指導も…。

理事長本人から直接叱責を受けるときの緊張感は凄いものですが、そうして様々な言葉を交わしていただける勉強の機会を得たことは、自分にとってとてつもなく大切な財産となりました。

「一事が万事」

理事長から自分が受けたことのあるお叱りのひとつに、「一事が万事」があります。その場しのぎで「対処」するのではなく、真の「解決」を目指せ、と。つまりうわべではなく、物事の本質を見据えて仕事に取り組むことの大切さを教えていただいたのだと理解しています。

身近な例で云えば、デスクワークにおける資料作りにしても、単に指示に沿った作成にとどまるのではなく、見やすい方向の扱いや、データの示し方、ナンバリングの附し方などに創意を凝らすこと、文字変換や表記のミスをなくすために実際に朗読しての校正、発表向けの資料であれば実際の予定時間どおりにスムーズなプレゼンテーションができるよう文言の歯切れやリズムに細かな調整を施したり、といったことを徹底して心がけるようになりました。

院全体の業務についても、外来でお待ちいただく時間をどれだけ短縮できるか、透析にお越しになる患者さんのための病床運営のあり方についてなど、自分にとって都合の良い言い訳ではなく、課題の背景にある本質を捉えて、真の意味でのブレイクスルーを目指す姿勢が大切だという視点。

「自分は忙しい」「ひとが足りない」「ものが足りない」…。できない理由探しの上手な人間には本当の仕事ができない、のですね。

理事長からほめられたこと

…ありません!(笑)でも仕事が終わって、ご自宅の玄関前でお見送りする際「今日も一日ご苦労さん、ありがとうな」と、必ず云ってくださいます。車からお降りになる直前や移動の車中でどんなにキツく叱られたすぐあとにでも、です。自分にとって、心から嬉しいと感じる瞬間ですね。

2005年、第16回日本サイコネフロロジー研究会(大会長:川口洋いわき泌尿器科院長)というコンベンションの開催にあたって、当会独自のきめ細かな手作りで実行するというポリシーのもと、イベント会社への外注にはよらず、自分が裏方の中心スタッフとなって事務局を編成、それはもう必死の思いで大会の運営にあたったときのことです。

2日間にわたる日程は盛況裡に終了。ご来場いただいた800名ものお客様をお見送りするため、自分は会場の玄関ホールに行ってご挨拶。そして階上にある事務局控え室に戻ってみると…、当会職員たちが興奮冷めやらない様子。どうしたの?と尋ねると、(自分が玄関ホールに行っている間に)控え室にお越しになった理事長が、事務局のスタッフみんなに向かって深々と頭をお下げになり「ご苦労さんだった、ありがとう!」と大会の成功について、感謝とねぎらいの言葉をかけてくださった、と。不覚にも(なんと、自分だけが!)、そんな感動的な場面を逃してしまった…。

満面に笑顔を浮かべる理事長を会場前でお見送りする際に…。お車へお乗りになる瞬間、(裏方の中心として頑張った自分にも、きっと何か慰労の言葉をいただけるのかなと内心で期待しつつも…)理事長はただひと言、「2日間とも天気が良くて、よかったな」と。理事長にほめていただくには、自分がまだまだ未熟だということを自覚しました、ね。

若武者の心に映る、理事長像

業務のすべての面にわたって大変厳しいのはもちろんですが、病院を一歩出ると、とても人間味豊かなロマンチスト。現在も週2日ご自身で外来を担当、遠方への往診にも毎月お出かけになるなど、患者さんや地域、人との絆を本当に大切にしておられます。そうした姿勢が、患者さんやご家族からお寄せいただいている厚いご信頼の基盤なのだと思います。地域に根ざす当院はある意味でのコミュニティにもなっていて、「最近来なかったね」、「しばらく具合が悪くって…」、そんな会話が外来患者さん同士の間で交わされるほどです。(笑)

常盤理事長は自分の父親と同い年、自分は理事長のご子息と同い年。そうしたこともあってか…、暖かな情に溢れたお人柄を身近に感じています。理事長に同行しての運転が大変ではといった気遣いを周囲はしてくれたりするのですが、そうした時間は自分にとってとても大切なかけがえのないもの。惜しいとか苦しいといった意識はもちろん皆無です。多忙な経営トップの貴重な時間負担を、たとえ5分でも10分でもどう軽減できるかという努力は、(自分個人にとっての次元ではなく)ときわ会全体の資源配分として、非常に大切なことだと考えています。

自分が担当している総務という部署の性質上、経理的なテーマに触れる機会も多いのですが、目先の数字や尺度でものごとを捉えるのではなく、その本質を見抜くことの大切さを、理事長の言葉から学ぶ機会がとても多いですね。「値段を見るのではなく、値打ちを知る」、これこそが経営者の視点なのだと、感じています。

医療という仕事における圧倒的な存在感、カリズマとも呼べるほどのリーダーシップ、職員に対する強力な指導者、そして果敢な経営者としての姿と、実に多面的な立場の常盤理事長。

理事長ご自身に向けられる大きな信頼を、「ときわ会」というブランド全体の信頼へと、さらに高めて行くことが、自分たちの使命として求められている、そう強く感じています。

「まっ白なキャンバス」

一昨年9月に、東京女子医科大学泌尿器科から当院に転任してこられた新村医師との出会いは、様々な意味で自分にとって開眼の契機となりました。継続的な変革に向けたチャレンジの大切さを知り、自分のなかで衝撃が走る想いでしたね。

そして新村医師の着任と同時に理事長から発せられた大テーマ、「将来に向けて、どういった展望が必要か、まっ白なキャンバスに未来の姿を描きあげるのは若手世代にほかならない」、と。

新村医師がリーダーとして率いる組織横断型のプロジェクト編成のもと、昨年11月7日、遂に情報運営がスタートした、当会のホームページ。「ときわ会」というブランドが目指して行くべき未来像や業務全般の改革戦略をはじめとする、グローバルなテーマへの取り組みの真価がここに集約される、そう確信しています。

開院から四半世紀にわたって、理事長や院長、スーパーバイザー、当会先駆者の方々によって築きあげられてきた、多くの揺るぎない実績。それらを基盤として、次なる30年、50年というステージに向けて、ときわ会を構成する全組織、全職員が、『笑顔とまごころ、信頼の絆』という理念を絆として、描きあげていくべき近未来への展望。

その大いなる使命こそが、自分にとっての果てしない「チャレンジ」です。