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すまいりすとすまいりすと

今月の「輝き!すまいりすと」Vol.16 2008年2月
栗城深雪(くりきみゆき)透析室看護師〜「人生いたるところに省山あり」、私ヴァージョンの座右の銘です〜

常盤先生と同じ誕生日

いわき湯本生まれ、産湯は温泉でした(笑)。12月7日、偶然ですが常盤先生と同じ誕生日なんです。

地元の高校を卒業、ときわ会の奨学生として、いわき准看護学校に。約7年間、いわき泌尿器科の准看護師として働いた後、以前からの希望だった高等看護学校(東京衛生学園専門学校)に行きました。昼間は大塚台(ときわ会大塚台クリニック)で仕事、夕方から夜までは学校で勉強の3年間でした。

カルチュアショック

それまで准看として学んできたことと、高等看護学校での勉強。「こんなに差があるの?」というくらいレベルの開きがあってびっくりしました。地元の環境との違い、様々な患者さんとの出会い、日本じゅうから集まっている人々の価値観。カルチュアショックとさえ云える刺激は、そのまま帰らずに東京で働き続けたいと思うほど強いものでした。

決心の引き金

地元に帰ってときわ会で働くことを決めたのは、常盤先生に育てていただいたということへの感謝の想いからです。

本当に厳しく叱られながらの日々に、以前はどこか反発する気持ちもあったのですが、自分が今あるのは、常盤先生に成長させていただいたからこそなのだということが、次第に自分自身でわかるようになっていったのだと思います。

ご恩返しなどというと口はばったく感じますが、自分が身につけさせていただいた様々なことについての感謝、そして今度はそれを後輩のみんなにも伝えていくこと。それが自分の役割だという自覚の芽生え。今から振り返ってみると、やはりそうした気持ちが自分のなかで決心の引き金になりました。

カルチュアショック、再び

戻ってきてまず驚いたのは、自分が育った環境って、こんなだっけ?ということ。

地元ならではの持ち味を大切にすべきなのはもちろんですが、自立した理解をお持ちの患者さんが多かった東京に比べて、医療に対する地域からの強い期待感。また職場でも阿吽(あうん)の呼吸というのでしょうか、ルールや決め事が今ひとつはっきりしていない。

このことは誰に云えばよいのだろう、このことは誰に責任があるのだろうといったことのわかりにくさ。

抽象的に響きますが、様々なことに色がないというか、すべてが同じ色に見えてしまう。自分が以前いた環境なのに、当時の自分はそうしたことに気がついていなかったのか…。そんな想いでしたね。

自分たちの果たすべき役割

1ヶ月ほどで管理職としての職責を命じられたのですが、そうした自らの内なる困惑のなか、一体どうすれば良いのだろうかと、眼が点になりそうでした。

やがて日々の仕事を通じて次第に感じるようになったのは、常盤先生のパワーに甘えるばかりではなく、職員のひとりひとりが自分の役割をもっときちんと果たすべきなのではないだろうか、ということです。

病院組織から自分たちに何かをしてもらうというのではなく、例えばある事柄について、こうしたほうが良いのではといった提案を職員の側から積極的に行なう姿勢がもっと必要なのではないだろうか。職場に頼るばかりではなく、自分たち自身が職場に対してどう貢献することができるのかという視点や考え方を、職員のみんなで共有することの大切さ。自らの反省を含めて、そうした意識がとても強いものになりました。

私自身は自分の意見や考えを伝えるということについて得意でない面もあったのですが、「(こう考えているのは)自分ひとりだけではないんだ」と勇気づけられたり、職員同士が理解し合うためのコミュニケーションのあり方について良い刺激を受ける場面が、特にここ1-2年、多くなってきたように感じます。

仲が良いということ

同じ職場で仕事をしている人間同士として、うわべの関係ではなく、本当に大切だと考えることについてきちんと意見を交し合うということ。仕事が終わって一緒に飲みに行く(これはこれで重要です)というレベルでの仲の良さではなく、大事なことについてお互いが伝え合い、理解し合うことのできる人間関係。それが真の意味でのコミュニケーションなのだ、そう思います。

様々な職場行事などに際しても、担当部門ごとのメンバーだけでまとまってしまうのではなく、セクション単位を越えた全体としての良質なコミュニケーションをはかる機会として、そして結果的に病院全体としてのチームワークを一段と向上させる場となるよう、ぜひ有効に活用していきたいですよね。

叱られ上手

常盤先生をはじめ先輩方から厳しく怒られて育つ竹槍精神時代(笑)を生きてきた自分たちと違って、若い世代のなかには叱られるということに不慣れな人が多いような気がします。

可愛いからこそ、厳しい指導によって伸びてもらいたい、より良い医療サービスのために成長してほしい、そんな(叱る側の)願いが充分に理解できていないというか。

現場における看護の質というのは、そうした日常業務を通じてレベルアップするのではないでしょうか。そのための方法論、私たちときわ会全体がさらに良くなるための実践、職員ひとりひとりの自覚のあり方、ずっと自分のなかにあるテーマです。

私個人としてはストレートな直球コミュニケーションを投げがち(笑)なので、相手にとってより伝わりやすい意思疎通のあり方を、もっともっと身につけていきたいと思います。

常盤先生懇談会

以前と違って、今では常盤先生と直接お話をする機会というのは少なくなりましたね。私自身、お顔を見ることも月に何度かといった感じでしょうか。特に若い職員の多くは、常盤先生の人物像やお考えについての実感が希薄なのではないかと思います。距離がありすぎて、イメージできる場がないというか。

私たちは常盤先生の厳しさや優しさに直接触れて、ときわ会の目指す医療をしっかりと叩き込まれてきましたが、そうした体験の少ない職員たちにとって、身近にお話をすることのできる機会が月に一度でもあれば、きっと嬉しく感じるのではないでしょうか。

後輩たちへのエール

20代、30代と、人生の経験を重ねることによって気がつくようになること、人間として理解できるようになることがたくさんあるのだと、私自身強く感じています。看護師という職業における知識や技術の向上とともに、「人」として成長するということ。それはとても貴重だと思います。

人生の目標

人間味に溢れた中学校時代の恩師。山を登るのがお好きで、毎年くださる年賀状に今年の登山計画を記して知らせてくださるんです。教職を退いて70歳になられた今も、綿密にプランを立てて着実に実行なさっている。目標を持って人生を歩んでおられる姿勢は本当に素晴らしいと感じます。

私自身、そんなに立派なものでなくとも、具体的な目標を持って、1日1日を大切に生きたいと考えています。

座右の銘、私ヴァージョン

「人生いたるところに青山あり」。言葉自体がとても好きなんですが、そのアレンジ版があるんです。省みる山と書いて、「人生いたるところに省山あり」。"私ヴァージョン"の座右の銘です。

決してネガティヴな意味ではなく、反省することによって前に進む。負の面もきちんと受け止めたうえで、真にポジティヴな前進を目指したい。そう考えています。

自然に包まれて…

歳をとったら、自然と触れ合う暮らしをしたいですね。私にとって自然とは、気持ちや表情、すべてを豊かにしてくれるもの。心からの幸せを感じます。自然に包まれる生活、それが将来の夢です。