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すまいりすとすまいりすと

今月の「輝き!すまいりすと」Vol.34 2009年8月
飯田祥平(いいだしょうへい)小名浜ときわ苑健康運動指導士 - 10年後には、「ときわ会健康運動指導士の飯田」と呼んでもらえるような存在になっていたいですね -

遂に念願が実現!

いやぁ、本当にうれしいです。

いつかは自分も出たい…と、ずっとあこがれていた『輝き!すまいりすと』に登場することができて。

勤務している小名浜ときわ苑のホームページ連載シリーズ『介護予防の視点』のスタート以来、自分が担当する月以外で初めてとなるインターネット・デビュー、しかもときわ会グループ本院のウェブサイト・コンテンツに、です!

遂に、かねての念願が実現しました。(笑)

水泳とサッカー

いわき生まれのいわき育ち。小さな頃からずっとスポーツが得意で、高校そして専門学校のどちらにも、スポーツ推薦を得ての進学でした。

小学生時代は水泳とサッカーの両方をやりました。5年生頃まで個人メドレー200mなどの競泳種目に出場していましたが、中学校以降は水泳をやめ、大好きなサッカーひと筋に専念。ポジションはフォワードとディフェンス、高校時代のチームでは、県内ベスト8にまで進みました。

自分の将来はラーメン屋

地元の湯本高校卒業後に進学した、仙台リゾート&スポーツ専門学校。専攻は水泳とエアロビクスでした。

その学生時代に本気になってやったのが、ラーメン店のアルバイトなんです。全国的にも有名なブランド、旭川にある本店からのれん分けで営業している会社です。

2年足らずの間に徹底的に勉強して覚えたラーメン作り、本当に楽しかったですね。

店長から叩き込まれた腕前で、地元仙台エリアで営業する各店舗に派遣されるといった仕事もしばしば。社員としての採用からやがては店長への登用を前提に、その会社への就職もほぼ決まっていたのです。

「自分の将来はラーメン屋」。

そう信じていた自分が、結果的にまったく別の道を歩むことになるとは、夢にも思いませんでした。

ひょんなことから. . .

卒業を翌年に控えた夏休み、親からの紹介で小名浜ときわ苑を見学する機会がありました。ラーメン屋になるという自分の進路に何の疑いもないままだったのですが、「地元いわきでの就職という道もあるのでは」と親から勧められて、試験を受けることに。

それが、なんと合格だったのです。もっぱらアルバイトに専念して過ごした学生生活。ラーメン街道まっしぐらで、勉学もさほどまじめではありませんでしたし、そもそも医療や介護といった分野のことについては、ほとんど何もといって良いくらい、知らないままでした。

合格の理由ですか?

ん〜、何でしょうね。自分では良くわかりませんが、たまたまその時に、ときわ苑でリハビリの助手を募集していたこと。それとあと、子供時代からずっとスポーツをやってきた自分のキャラクターを、面白いと感じてもらえたのかも知れません。

そうして訪れた、人生の転機。2002年春、介護老人保健施設小名浜ときわ苑に入職しました。

感謝されるという素晴らしさ

小名浜ときわ苑に入ってみて、何が一番うれしかったかというと. . . 。

アルバイトをしていたラーメン屋では、それこそ1日じゅうお客様に対して口にしていた、「ありがとうございます」という言葉。ときわ苑への入職まもない自分が、ご利用者のみなさまから、その言葉を向けていただいたのです。心底、驚きましたね。これは一体、なんという仕事なのだ、と。

働いて、お金を頂戴して、お客様が「ありがとう」と云ってくださる。お客様から感謝の言葉を向けていただける仕事があるのだ。ときわ苑で知ったその素晴らしさは、自分自身にとって大変な衝撃となりました。7年が経った今でも、そのことが日々の仕事のなかでの大きな力であり続けています。

健康運動指導士という仕事

リハビリテーション部の一員としての就職から3年目、健康運動指導士の資格を取得しました。

ときわ会グループ医療機関のひとつである竹林病院で昨年4月にスタートした特定保健指導では、以前から自分が得意とするスポーツ系のバックボーンを活かして、いわゆるメタボリックシンドロームに着眼した生活習慣改善や行動変容のための指導に取り組んでいます。

単なる知識の押しつけではなく、おひとりおひとりの現状や要望を充分に把握したうえで、課題の認識や目標の設定を共有することが大切です。なぜ保健指導をお受けになるのか、どういった改善を目指すのか、私たち健康運動指導士も一緒になって継続的に取り組みます。

そうしたプロセスにおいては、信頼関係はもちろんのこと、親身なコミュニケーションが求められます。場合によっては、対象者ご自身の自覚を促すためのコーチングといった視点も有効です。

健康運動指導士という仕事は、その多くがアスレチックやフィットネスなどのスポーツクラブ、あるいは病院や保険所などの機関で働くのが一般的で、介護老人保健施設に勤務している有資格者は全体の数%程度です。

私自身としては、理学療法士や作業療法士たちが立案するメニューやプランに基づいて、リハビリテーション分野でのサポートを果たしつつ、健康運動指導士として独自の役割を担っていくことができればと考えています。

自由な職場風土

現在、保健指導対象者との面接や会議など竹林病院での業務が週に2日ほど、あとはときわ苑でのリハビリテーションといった仕事配分です。

部門長や上司をはじめ、ときわ苑リハビリテーション部でともに働くスタッフのみんなが、とても良き理解者なのです。私の適性や持ち味を活かした仕事をさせていただくことができています。

そうした自由な職務環境、さらに云うと、ときわ会の文化やときわ苑の風土のもとでだからこそ、現在の自分らしさが発揮できているのだと思います。

スポーツの魅力とは

自分自身との内なる闘い。そしてもうひとつ、他人から見られるということでしょうか。別の云い方をすると、自分にはスポーツしかなかったということなのかも知れませんね。(笑)

小さな頃から勉強があまり好きではなかった私にとって、常に自分よりも上の学年の先輩たちとともにレギュラー・ポジションで活躍することのできるスポーツという舞台は、まわりのみんなから認めてもらうことのできる唯一の場として、なくてはならないものでした。(追記:あ、もちろん今では仕事に関するテーマについての勉強は大好きです、はい。)

個人種目と団体競技、スポーツの種類によってその魅力は人それぞれなのかもわかりませんが、私自身、サッカーというチーム競技を経験してきて感じるのは、苦しさと喜び、どちらについても仲間たちと一緒に分かち合えることが何よりも素晴らしい、という想いです。

できるのだと自分ひとりで思い込んでいても、結果が出せなければ誰も認めてはくれない。誰かひとりだけが努力したとしても、チーム全体で連携しなければ、その実りは決して大きなものにはならずに終わってしまう。

つらく苦しい日々の練習、みんなで目指して実現させた勝利の瞬間。チームメイトたちの笑顔、そして熱い感動。スポーツを通じて教えられてきた人生。それは自分にとって、「命」そのものとさえ云えるのでしょうね、きっと。

自分ひとりだけでは何もできない。個人と組織、仲間たちとの間に結ばれた固い絆は、スポーツのみにとどまらず、仕事においてもまったく同様に、本当にかけがえのないものだと思います。

10年後の自分像

どんどん上の職位で多くの部下を持つことよりも、自分自身にもっともっと実力をつけ、真のプロフェッショナルとして、どれだけときわ会に貢献することができるか、それが私にとっての目標です。

たとえば将来的に、施設ご利用者とご家族、どちらにもお役に立てるサービスをもっと充実できないか、健康をテーマとするコミュニティの中核的な存在として、さらに高い役割を自分たちが実践することはできないだろうか。

リハビリテーションの分野で、そして健康運動指導士として、ぜひ幅広い視点で、様々なことにトライしてみたいと思っています。

10年後には、「ときわ会健康運動指導士の飯田」と呼んでもらえるような存在になっていたいですね。

職場結婚♪

結婚3年となる愛妻とのなれそめはスポーツではなく、小名浜ときわ苑で介護福祉士として働く彼女との出会いでした。いわゆる職場結婚で結ばれた現在、1歳8ヶ月の娘がいます。

ときわ苑には、職場での出会いがきっかけでゴールを迎えたカップルが多いんですよ、あわせて4-5組いるんじゃないかな。家内は今も引き続いてときわ苑に勤務、ほかの夫婦も、みんな共に同じ職場で働いています。

夫と妻の想いも、『笑顔とまごころ、信頼の絆』ですね。(笑)