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すまいりすとすまいりすと

今月の「輝き!すまいりすと」Vol.51 2011年1月
江尻友三(えじりともぞう)常磐病院 院長 〜 新たな姿のもと、素晴らしい常磐病院を誕生させること。そのことこそが、私にとっての夢です 〜

ドクター・ファミリー

いわきで生まれました、海の見える小名浜という街です。中学3年生のときに東京杉並区の高円寺へ。もともと両親は東京に住んでいて、戦時中に空襲が激しくなった際、こちらに疎開して暮らしていたのです。

高校生時代を東京で過ごしたあと、福島県立医科大学に進学。医療の道を志したきっかけは、家族や親戚、特に母方の家系に医師として働いている人間が大勢いたからでしょうか。私の母親も歯科医でした。

兄たちは厳しく育てられたようですが、ずっと年下の私はのんきに伸びのびと育ちました。自らの高い理想に燃えての決意というよりは、ごく自然な流れだったような気がします。

それと私の場合、手先が器用だったことも、外科医を目指した理由のひとつになっていたかもしれません。幼い頃から機械いじりや工作がとても得意でした。今のように色々なおもちゃがなかった時代、木を切ってロボットを作ったり、自分で削った竹ひごを組み合わせて大きな東京タワーを完成させたり、といった具合にです。

ローイングの青春

学生時代には、漕艇部でボートをやりました。3m70cmもある長いオールを操って、みんなで漕ぐ競技です。まだ創部から間もなく部員の少ないチームでしたので、8人ではなく4人で漕ぐ「フォア」と呼ばれる種目で、東医体(東日本の医学部学生による体育大会)に出場。決勝には進めたのですが、優勝は惜しくも叶わずといった戦果でしたね。(自ら育てた後輩たちは、後に見事優勝♪)

その頃に鍛えた、周囲のみんなを驚かせるほどの体力。それが私の人生にも大いに役立ってきたように思います。

常磐病院、そして内地留学

大学卒業の翌春、常磐病院に勤務。中央病棟ができてから日の浅い、昭和51年のことです。

以降、数年間にわたって、常磐病院に仕事の基盤を置きながら、毎年1ヶ月間程度ずつ、全国各地の医療機関で研鑽を重ねました。当時の常磐病院にはドクターの人数が決して多くなく、病院の将来のためにも最先端の勉強が必要不可欠だと考えたのです。

癌研究会や順天堂大学といった医療機関に内地留学して、研修させていただきました。

癌研究会は、私がお世話になった教授が総長を務めておられたことからお許しを得て。順天堂大学は、消化器で著名な白壁先生へのご紹介を頂戴して、大腸や膵臓の造影といったテーマを。

まだその頃には稀有であった技術について、それぞれ学ばせていただくことができました。

最先端医療の実現

その3年後、東北大学医学部の第一外科に入局。やはり同様、常磐病院に籍を置いたままで、です。そこで学位を取得した後、国立仙台病院の麻酔科に半年間お世話になりました。常磐病院に戻る前に麻酔をしっかり学んでおきたいという考えからです。

昭和57年10月、常磐病院に復帰してからも、癌研究会に通いながらの研修は続けました。日曜日の夜に東京に入って、翌月曜日は朝から晩までずっと手術の現場を見学させていただくといった勉強を、数年間にわたって継続しました。

そうした研鑽の数々を通じて得た積み重ねを、常磐病院での医療に積極的に投入。結果として、当時まだ東北地域では行なわれていないような最先端の医療技術のご提供が、この常磐病院で実践されることとなったのです。

地域医療という使命

平成19年4月、常磐病院院長を拝命。同時に磐城共立病院の副院長を兼任することとなりました。ともにいわき市の運営による病院です。

かねて私自身は、常磐病院という存在が、この地域において必要不可欠だという想いを抱いていました。昼間は開業医などによるサービスを受けることができるわけですが、夜間、特に救急に対応できる医療機関がこのエリアにはほとんどありません。

もともとは5つの市が合併して誕生した、現在のいわき市。そこで生活している市民の人口分布は、全体で見ると必ずしも一様ではなく、いわきの南地域の医療を担う常磐病院が果たすべき地域医療、その使命はあくまでも絶対であるというのが、私のなかで揺らぐことのない信念でした。

新たな常磐病院

昨年4月、財団法人ときわ会によっていわき市から引き継がれた当院の運営。医療サービスの質、患者さんへのご対応、ともに働く職員たちの積極性。そうした向上や好転を、多くの点で実感する日々です。

特にスタッフ陣の明るく意欲的な仕事ぶりは、やはりときわ会ならではの素晴らしい特質だと思いますね。また、みんなのそうした活発なエネルギーに応えていくことが、院長である私自身に期待されているわけです。

『笑顔とまごころ、信頼の絆』。

患者さんに対してはもちろんのこと、地域に向けても、職員同士においても、みんなの想いがまさしくこの理念に込められている、そう感じています。

医療というロマン

笑顔でお喜びいただく、この一点に尽きるのではないでしょうか。

患者さんのために、ご家族そして地域のみなさまのためにこそ、ドクターをはじめとする私たち医療人の成長があるべきだと思います。

そしてまた同時に、患者さんにもっとお喜びいただきたい、患者さんのご信頼にさらにお応えしたいという、医師や職員の願いを最大限実現できる病院であり続けることが、院長である私のミッションです。

新たな姿のもと、素晴らしい常磐病院を誕生させること。

そのことこそが、私にとっての夢です。